鉄輪発展の歴史を語る 冨士屋旅館

 ふるさとガイドより 村松幸彦

 

 別府八湯の中で湯煙りの立ちこめる鉄輪は文字通りいでゆの里である。
 そのいでゆ坂を下り鉄輪温泉開発の一遍上人をまつる永福寺下の公衆温泉「渋の湯」を左に入ると、古い鉄輸の面影を残す木賃宿が並んでいる。
 その奥に木造2階建桟瓦葺のカギ型の建物が塀越しに目につく。
 明治31年に新築されたこの旅館は当時新聞社の県内旅館の人気投票で大分県一になった程のハイクラスの旅館である。
 福岡からの湯治客の多かった鉄輪で、筑紫の炭坑王と呼ばれた伊藤伝右ェ門や麻生太吉が常宿としていただけに木造旅館としての格式の高さが偲ばれる。
 現在は南側に玄関が付いているが当時は東側の石段を上り表門を入ると正面に入母屋造りの式台付玄関が左右に客室を振り分けている。
 客室は各室とも次の間付の本格的な書院造りで、床板や床柱、天井板等に銘木を使っている。
 東側には、それぞれ縁側を設け別府湾の雄大な眺望を楽しんでいた。
 戦後鉄輪も大きく変わったが、明治からの湯治客の思い出に残る旅館として冨士屋は庭の樹齢200年のウスギモクセイと共に今も尚生き続けている。 (H5.6)
 

冨士屋旅館の歴史  平成13年 登録有形文化財

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